2018年1月15日、東宝が1つのリリースを発表した。「東宝グループの海外戦略と国際共同製作プロジェクトについて」と題されたもので、かなり興味を引く内容だった。
1つは、タイトルのインパクトだ。『GODZILLA 2』(2019年3月22日全米公開)に、ポケモン初のハリウッド実写映画『DETECTIVE PIKACHU』(2019年5月10日全米公開)。そして2016年に空前の大ヒットで注目を集めた劇場アニメ『君の名は。』のハリウッド実写化である。
2つ目は、いずれの作品にも東宝は製作出資をするとしたことだ。映画製作への直接出資はヒットすれば利益も莫大。しかし、ビジネスのいちばんおいしい部分だけに、ハリウッドの製作者はできればほかのパートナーに渡したくない。東宝はこの壁を一気に崩そうとしている。
東宝が「ハリウッド映画」を作る理由
今回のプロジェクトの特長は、ハリウッド大作に製作から深くかかわることにある。日本配給を東宝が担当するのもその1つだ。ただこれは、2014年の米国レジェンダリー版『GODZILLA ゴジラ』の公開時にもあった取り組みである。
やはり注目すべきは共同製作出資にある。日本作品のハリウッド映画化は近年のトレンドで、2017年に公開された『ゴースト・イン・ザ・シェル』は士郎正宗のサイバーパンクSFマンガ『攻殻機動隊』、2018年公開予定の『アリータ:バトル・エンジェル』は木城ゆきとのSF格闘マンガ『銃夢(がんむ)』が原作である。しかしいずれも原作の映像化権の販売のみのビジネスだ。ハリウッド映画化されても日本側の利益が限定されるのは、権利の売り切りのみで終始し、製作に参加できないためとされている。
今回、なぜ共同製作出資が可能になったのか? 東宝で国際事業を統括する松岡宏泰(まつおか ひろやす)氏に疑問をぶつけてみた。
「もちろん東宝の看板は最大限活用しています。世界3番目の映画市場でトップを維持していて、『ゴジラ』というIP(知的財産)もあります。メジャースタジオには東宝の名前は必ずインプットされています。洋画配給の東宝東和を通じた関係性がメジャースタジオとすでに構築されていたこともメリットです」
やはり東宝ブランドの存在感は小さくない。東宝東和の代表取締役を長らく務めた松岡氏の人脈やビジネスノウハウも活かされたのは想像に難くない。しかしブランドだけでビジネスが進むわけではない。さらにこれを支えるのが企画力だ。
「企画がよくなければ(海外の)スタジオも興味を持ってくれません。今回の3作品はどれも魅力的です。だからお話ができた」とコンテンツの強さを理由に挙げる。そしてこの企画について、東宝には独自の方向性がある。
「今後も出資を考えています。ただすでにある企画の中で、難しい企画であれば『どうぞ』と言われますが、いい企画であれば『いやですよ』で終わります。ですからわれわれは自分たちから企画を持ち込みます。その条件として日本配給と出資をさせていただきますと。さらにクオリティをコントロールするために製作にも声を出します。そのためにも出資者であるべきだと考えています」
外からの声をかかるのを待つのでなく、自ら企画を生みだす攻めの姿勢。ここに製作の根幹からかかわるカギがある。
「『ゴジラ』では1998年の作品(トライスター・ピクチャーズ)も含めて出資はせずに、2014年の『GODZILLA ゴジラ』でも国内配給権以外の権利は持ちませんでした。ただ今回は粘り強く交渉をしました。相手も理解してくれることで最終的に『ゴジラ2』への出資に至ったわけです」
巧みな交渉は3つのプロジェクトに参加するアメリカ側の映画会社が、それぞれワーナーブラザース、ユニバーサル、パラマウント・ピクチャーズと異なることにも表れている。ハリウッドメジャー3社と並行して交渉することも、今回は大きな力を発揮したはずだ。
「いい意味での東宝らしさは、どなたとでも広くお付き合いをすること。海外でもそれでいいのでないかと思います。特定のスタジオとがっつり組む選択肢もありますが、単独スタジオで作品を複数同時に展開するのが難しい」
なぜ一度縮小した海外事業をまた目指す?
そもそも東宝は、なぜ海外事業にこれほどまで積極的になったのだろうか。実は東宝の海外進出は、今回が初めてでない。1950年代、1960年代に東宝は、ニューヨークやロンドン、パリ、ブラジルといった世界各国に拠点を持っていた。それを1980年代、1990年代にかけてしだいに縮小していった。
1980年代以降の縮小を、「日本映画は映画祭では評価されても、商業的にはなかなか評価されなかった。そのなかで、海外事業をこのまま展開していいんだろうかと考えたのでは」と松岡氏は説明する。1980年代、1990年代の国内映画産業は今ほど好調でなく、国内市場を支えるのに手いっぱいといった事情もあっただろう。
海外展開は近年の業績も背景にあるかもしれない。業績好調の一方で、同時に成長の限界も見えてきたからだ。国内配給だけでも東宝、東宝東和、東和ピクチャーズのグループシェアはすでに合計で4割近く。映画興行・製作も含めてここからさらに飛躍的に拡大するのは難しい。となれば目指すのは事業の多角化だ。2015年に発表した「TOHO VISION 2018 東宝グループ中期経営戦略」では、5つの重点投資領域の1つに「海外市場開拓のビジネスモデルの確立」を掲げる。映像本部国際部に専門チームを立ち上げたのもこの時期だ。
「新しいことをするのか、新しいところに行くしかない。海外を攻めなければいけない。40年ぶりの国際担当任命は、そのチームづくりのためと受け取っています」(松岡氏)
典型的な国内産業とみられていた映画事業もまた海外を目指さざるをえない時代なのである。2018年4月に新たに発表された「TOHO VISION 2021 東宝グループ中期経営戦略」でも海外事業はブレークスルー(突破)戦略の1つとなっている。海外マーケット開拓の役割は大きい。
ハリウッドが注目する日本の作品
2010年代になって、日本のコンテンツをもとにした大作映画が世界で次々と姿を見せている。前述した『ゴースト・イン・ザ・シェル』や『アリータ:バトル・エンジェル』以外にも、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014)や、Netflixオリジナルの『デスノート』(2017)も記憶に新しい。
原作だけでない。2018年に世界的大ヒット、日本でも公開された『レディ・プレイヤー1』には、メカゴジラやガンダム、マンガ『AKIRA』のバイクといった日本発のキャラクター・アイテムが数多く登場して話題を呼んだ。日本のモチーフは世界の映画ファンの目を引く重要なパーツで、これを日本自身が活用しない理由はない。
ただ日本企業が単独で、膨大な製作費の超大作映画は作れない。ハリウッド級の作品を作るとなると、1本で年間製作予算を軽く越えてしまう。そこで生まれたのが、海外に企画を提案する先の東宝の戦略である。
「企画の重要性は社長の島谷(能成)が常日頃から言っていることで、私自身も企画がこんなに眠っている国はほかにないと思っています。日本のコンテンツが世界の映画ビジネスに入る余地は十分ある。ハリウッドも日本に眼を光らせている」(松岡氏)
1月に発表された3作品も、「特撮」「ゲーム」「アニメ」を原作にしており、世界のトレンドを巧みに取りこんでいる。
海外ビジネス成功のカギは「ゴジラ」にある
東宝の海外ビジネスには、もう1つ別の動きがある。キャラクタービジネスだ。国内では映像そのものに対して、その数倍の商品化マーケットがある。キャラクター連動ビジネスは、日本企業の得意とするものだ。
東宝も国内では、アニメを中心に周辺ビジネスを積極的に開発している。映像ソフトから、音楽、グッズ、タイアップなどに広がる。日本の成功モデルを海外展開に結び付けることは合理的だ。しかもグローバルマーケットは広大である。
ここでもカギを握るのは「ゴジラ」だ。2019年の『GOZILLA2』に合わせて、東宝は「ゴジラ」の全世界のキャラクターライセンスを自ら手掛ける決断をした。グローバルのマーチャンダイジング(商品化権)を買い戻し、ライセンス販売に注力する。これまでの映画会社とは異なった姿だ。「ゴジラ」ほどの有力IP(知的財産)であれば、各国の総代理店と有利なディールを結ぶのはたやすいはずなのに、なぜあえて手間のかかる直接ビジネスを目指すのだろうか?
「もちろんマーチャンダイジングを自分たちでやるのはなかなか難しい。ただゴジラはすでに有名キャラクターで、これから映画も公開される。いまがチャンスではないか」(松岡氏)
広大なグローバルライセンス市場、ここに礎が築けるのか? これも東宝の今後の海外ビジネスの行方を左右することになる。
「君の名は。」「ピカチュウ」への期待感
しかし、目標が立てられても、その道筋が楽なわけでない。とりわけハリウッド大作の製作費は100億円、200億円になることがある。たとえ一部の出資でも国内の大作映画並みの投資になるため、リスクは大きい。
「リスクは確実に高まります。しかしリスクが高いから挑戦しないのでは前に進めない。成長のためにはリスクも取らなければいけない。ただ積極的にやりながらも、リスクをどうやって軽減できるかを考える必要があります」(松岡氏)
国内企業との協力も重要だ。東宝が海外展開の切り札とする日本コンテンツ。実は東宝が権利のすべてを持つものは決して多くない。「ゴジラ」は東宝が100%権利を持つ数少ない例だ。
すでに製作が進んでいる『DETECTIVE PIKACHU(名探偵ピカチュウ)』は、株式会社ポケモン、クリーチャーズ、ゲームフリークによる作品。東宝は国内でポケモン映画を配給してきた実績、そして海外との交渉力に期待されてビジネスに参加する。
こうした点で実写版『君の名は。』は試金石になる。この交渉では、原作者・監督である新海誠氏のマネジメントとアニメーション制作をしたコミックス・ウェーブ・フィルムと密接なコミュニケーションを取り続けている。
「『君の名は。』の実写化には、非常に多くの問い合わせがありました。その中で実写化をするなら誰と組むべきなのか、どういった映画を作るのか、それは世界の人たちが観たいものなのか。これが納得できなければ組まないと決めていました」と松岡氏は言う。そのうえで「結果として最高のスタッフでチームが組めた」と今回の企画を提示した。これがコミックス・ウェーブ・フィルムからの信頼につながっている。
「作品を大事にしてくれる会社」。コミックス・ウェーブ・フィルムの角南一城常務取締役は、東宝の印象を聞かれるとそう答えた。東宝とのつながりは、2013年の新海誠監督の中編『言の葉の庭』の配給に始まる。その時の信頼が次作の『君の名は。』につながった。
「大きな会社からオファーが来たからといって安易にOKを出さない。新海誠監督をこれから世界に広げていこうと考えてくれている」と、角南氏。そしてビジネス面の評価も高い。
「『君の名は。』の実写化には数多くオファーがありましたが、東宝はスタジオでの力や実現性をもとにきちんと整理します。説明はとても丁寧でしたね。そしてすごく条件闘争をしてくれました。かなり戦っていただき、よい契約内容になりました」
この日本の制作者やコンテンツホルダーからの信頼が、今後の海外事業にも生きてくるに違いない。
ハリウッドは映画人にとっての夢
日本の映画人にとってはハリウッドでの成功は大きな夢だ。松岡氏も「映画ビジネスでハリウッドは頂点なので、全世界にハリウッドの名前で同時に配給できることを映画人は考えます」と語る。
しかし世界の映画マーケットは北米だけでない。近年は巨大な市場と成長性の高さから、中国への注目が増している。実は東宝は、中国市場でも着実にビジネスを進めている。日本映画自体を持っていくのはハードルが高いとし、ここでも狙いは国際共同プロジェクトになる。今回は未発表でもあり詳細は聞けなかった。しかし、近い将来に中国からも東宝のかかわる大型プロジェクトが飛び出す可能性もありそうだ。
堅実経営からの大胆な転換を図る東宝が、日本の海外映画ビジネスを変える日が来るかもしれない。
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