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国際捜査のプロ脱帽「すご腕チーム」とSNS


 インターネット上の公開情報を分析し、国際的な事件や事故の経緯をいち早く解き明かす独立系の調査グループ「ベリングキャット」が注目を集めている。ポスト真実の時代に市民と共に切り開くインテリジェンス(諜報〈ちょうほう〉)の新時代を紹介する。【ブリュッセル特派員・八田浩輔】

◇ウェブ情報を分析して政府機関を超える

英国のほぼ中央に位置する人口30万人の都市レスター。ベリングキャット代表のエリオット・ヒギンスさん(40)が個人のオフィスとして使う表札もない小部屋には、雑誌が1冊だけ置かれた机とキャビネット、2脚の椅子しかない。「シンプルな部屋ですね」。そう私が口にすると、ヒギンスさんは「物が多い部屋は好きじゃない」と笑い、ノートパソコンを手に取った。「これとインターネットがあれば調査はできます」

レスターに暮らす元ブロガーのヒギンスさんは、シリア内戦で使用された軍事兵器や航空機事故などの分析記事を多く手がけてきた。軍事部門や防衛産業に勤めた経験はなく、紛争地に足を踏み入れたこともない。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に投稿される写真や動画、地図などネットで誰でもアクセスできる情報を細部まで分析する「オープンソース調査」と呼ばれる手法で、政府機関をも非常に驚かせる結論を導き出してきた。

諜報分野には公開情報を読み解いて機密に迫るオシント(=オープン・ソース・インテリジェンス)という用語がある。専門家のみならず画像解析にたけた市井の人々が集うプラットフォームであるベリングキャットは、ウェブにあふれる玉石混交の情報から真実とウソを見極める新時代のオシントをジャーナリズムに融合させたパイオニアだ。「真実を探るための『シチズン(市民)・インテリジェンス』」。ヒギンスさんはベリングキャットの取り組みをそのように例える。

◇国際捜査のプロが脱帽「教えを請わねば」

ベリングキャットを一躍有名にしたのは、2014年7月に起きたマレーシア航空17便(MH17)の撃墜事件の調査だった。

アムステルダム発クアラルンプール行きのMH17は、ウクライナ東部の親露派支配地域の上空を飛行中にミサイルで撃ち落とされ、乗員・乗客298人全員が犠牲になった。事件直後から米国や欧州の同盟国は、ウクライナ東部の親露派武装組織の関与を疑った。ロシアから提供された地対空ミサイル「ブク」で撃墜したとの見方だった。一方、ロシアと親露派はウクライナ軍の空対空ミサイルによるものと主張し、情報戦を展開した。

2カ月後となる9月初めにベリングキャットは、「ブク」の輸送にロシア軍「第53対空ミサイル旅団」が関与したと示唆する記事を複数の証拠と共にウェブサイトで発表した。ウクライナとロシアでSNSに投稿された画像や軍人の書き込みなどを分析し、事件前にロシアからウクライナに向かった軍事車両の経路をたどった結果だった。

それから1カ月後、ヒギンスさんに英国の警察から連絡が入った。MH17事件の国際捜査チームが、英政府を介してヒギンスさんに任意の捜査協力を要請したのだった。

ベリングキャットが報じた記事の中には、機密情報にもアクセスできる国際捜査チームですら気付かない情報が含まれていたらしい。捜査チームを主導するオランダ検察のフレッド・ベステルベーケ検事は、事件発生から5年を迎えた19年7月、遺族と関係者を集めたシンポジウムの場で、ヒギンスさんへの協力依頼の経緯について赤裸々に語った。

「(記事を読んだ時は)衝撃的だった。この連中は何をやっているのか、我々よりも多くを知っているのか、と。ある時、私たちの誰かが言った。『電話しよう、彼らから学ぼう』と」

◇4カ月で「撃墜事件にロシア軍関与」と結論

依頼を快諾したヒギンスさんのもとにオランダとオーストラリアから3人の捜査員が訪れた。当事国ではない英警察の捜査員も同席したという。ヒギンスさんは「参考人」として、ネットの公開情報から突き止めた証拠の数々について、一つ一つ時間をかけて丁寧に説明した。

ベリングキャットは当時始動したばかりの無名のサイトだった。ヒギンスさんは、オープンソース調査という「新しいフィールド」を切り開くことに一抹の不安を抱えていたという。「捜査員たちは私が何者なのか分からない。私たちの手法についても疑いを持っていたと思う」

しかし数時間に及んだヒギンスさんの説明を聞き終えた捜査員が口にした言葉は、想像とは異なるものだった。「あなたたちがやっていることは非常に価値がある」。犯罪捜査のプロの言葉にヒギンスさんは「いつか自分たちの仕事が裁判の証拠として採用される日が来るかもしれない」と感じたという。やがて、それは現実となる。

その年の11月、ベリングキャットはMH17撃墜事件について独自の調査報告書を発表。撃墜に使われたブクは当時ウクライナ東部の親露派勢力の管理下にあり、ロシア南西部を拠点とする露軍第53対空ミサイル旅団が事件前に運びこんだことが強く疑われると結論付けた。最初の記事では断定できなかった部分にも踏み込んだ。

国際捜査チームが衛星写真や傍受した通話記録などから証拠を固め、第53旅団の関与を断定する中間報告をまとめたのは、それから3年半後の18年5月だった。

捜査チームに加わるオランダ警察の幹部は、事件のリポートでベリングキャットの貢献についてこのように語っている。「(ベリングキャットから)提供された情報は常に真剣に検証した。時には捜査の端緒となり、我々が既に把握しながら公にしていなかった情報もあった」

◇「誰も読まない」だろうと思ったブログがきっかけに

ベリングキャットのあゆみは、ヒギンスさんが「自宅で子供の面倒を見ながらできる趣味」として12年に始めた匿名のブログにさかのぼる。

ヒギンスさんは1990年代後半に大学でメディア学を専攻したが、当時はアナログからデジタルへの移行期。学んだことが「時代遅れ」になると考えて中退し、その後は10年近く民間企業などで経理系の事務職を続けた。

働いていた難民支援の組織が11年に政府との契約を失うと、「オフィスへ行ってもあまりやることがなくなった」。時間をもてあます中で、英紙ガーディアンが運営する中東情勢ブログにのめり込んだ。とりわけ興味を持ったのが、民主化と自由を求める運動「アラブの春」で長期独裁政権が崩壊しつつあったリビアの動向だった。

ソーシャルメディアでは内戦状態に入ったリビアの状況を伝える動画が拡散していたが、真偽を巡る議論が常につきまとっていた。ヒギンスさんはグーグルの衛星データなどを活用しながら、動画が撮影された場所や時期の検証を手探りで始めた。これがベリングキャットによるオープンソース調査の基本動作である「ジオロケーション」(=位置情報の特定)の原点となる。

同じころ私生活では長女が生まれた。半年ほど育児に専念した後、12年3月にシリア内戦について取り上げる匿名ブログ「ブラウン・モーゼス」を始めた。ブログのタイトルはウェブ掲示板に投稿する自身のハンドルネームで、米ロック界の奇才フランク・ザッパの曲からとった。

シリア情勢の分析といっても、アラビア語が読めないヒギンスさんにできることは限られていた。そこで、現地から連日SNSに投稿される兵器の画像や動画の分析に絞り込んだ。「誰も読まない」と考えていたブログだったが、人道支援の専門家や軍事ジャーナリストたちから注目を集めるまでにそれほど時間はかからなかった。

◇転機となったニューヨーク・タイムズの報道

ブログの開設から4カ月後、ヒギンスさんは禁止条約のあるクラスター爆弾がシリア内戦で使われた「証拠」を突き止めて発表した。13年に入ると反体制派が使用する小銃や機関銃、ロケットランチャーなどが旧ユーゴスラビア製であることを次々と特定していった。当時は1日数百本の動画を検証することもあったという。

転機となったのは、大手メディアのスクープ記事だった。13年2月に米紙ニューヨーク・タイムズは、サウジアラビアが旧ユーゴ構成国のクロアチアに金を払って武器を入手し、シリアの反体制側に渡していたと特報した。ヒギンスさんがブログで報告した調査結果を基に、「米国と西側の政府筋」への独自取材を加えた成果だった。

その後、ヒギンスさんがブログで発表する調査結果は次々と国際メディアに引用されるようになり、英国の自宅からシリアの戦場で使用されている兵器を追跡するオープンソース調査への評価も高まっていく。「この頃からフルタイムの仕事にできないだろうかと考えるようになりました。ただのブログにとどめるべきではないと思ったのです」

調査会社への転職が決まりかけていたヒギンスさんは、オープンソース調査を発展させるためのプラットフォームづくりを決断した。当時34歳。開業資金はクラウドファンディングで募り、1カ月で5万ポンド(約710万円)以上が集まった。英BBCニュースのプロデューサーは当時「彼が書いてきた特ダネは、多くのジャーナリストが生涯かけて書くよりも多い」とのコメントを寄せて、ヒギンスさんの挑戦を後押しした。ベリングキャットというサイト名は「ネコの首に鈴を付ける」という意味で、他人が嫌がる中で難局に立ち向かうイソップ童話にちなむ。

14年7月にスタートを切ったベリングキャットは当初、ヒギンスさんとブログを通して知り合った数人の仲間が記事を書く予定だった。それからわずか数日後にMH17がウクライナ上空で撃墜された。

◇やまないサイバー攻撃

ヒギンスさんたちは、露軍第53対空ミサイル旅団の関与を特定した後も調査の手をゆるめず、新しい情報を得ると国際捜査チームに提供した。ロシア政府系メディアが「新証拠」として流す画像などを独自に分析し、真偽を検証するファクトチェックの機能も果たした。撃墜事件への関与を今も否定するロシア外務省は、ベリングキャットの調査報道を「フェイク」だと一蹴する。

記事の執筆を続けるベリングキャットのメンバーは、頻繁にサイバー攻撃を受けているという。ヒギンスさんから提供されたデータを解析した米サイバーセキュリティー会社は、ロシア軍情報機関とのつながりが指摘されるハッカー集団「ファンシーベア」による攻撃があったとみている。ヒギンスさんは身の安全について「常に頭の中にある」と言う。

国際捜査チームは事件発生5年を直前に控えた19年6月、ロシアの治安機関元幹部を含む3人のロシア人とウクライナ人1人の計4人を殺人罪で訴追すると発表した。ロシア政府は「全く根拠がない」として引き渡しに応じず、20年3月にオランダで始まる予定の公判は、被告不在の審議となる可能性が高い。誰の指示で、誰がミサイル発射のボタンを押したのか。核心に迫るベリングキャットの調査は今後も続く。

毎日新聞

 

 

一言コメント
大いに学ぶことはありそうだ。


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