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ディズニー「ファストパス」導入が永遠に変えた事 アトラクションは「早い者勝ち」だったはずが


人気アトラクションを少ない待ち時間で利用できるサービス、「ディズニー・ファストパス」は昨年の6月に終了したが(後継サービスとして「プライオリティパス」を運用中)、アトラクション運営においては画期的な一手だった。

その後ディズニーは、さまざまな短縮方法をゲストに提示するようになるが、ディズニーにとってファストパスを提供したことによる知られざる効果とは何か(本稿は『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』から一部抜粋・再構成してお届けします)。

ディズニーは「行列管理のエキスパート」

ディズニーは魅力的なアトラクションやショーの創作で卓越しているが、それだけではない。行列を管理することにかけてもエキスパートだ。

911テロ攻撃の後、アメリカの空港ではディズニーの従業員を招いて、保安検査の強化で果てしなく長く延びた乗客の列をどう捌いたらいいのか指南してもらったほどである。ディズニーは、世界各地にあるテーマパークで人々の待ち時間をどう管理するか、経験を重ねて知識を蓄えてきた。  

数十年にわたり、子供たちはスペースマウンテンやジャングルクルーズなどに乗るために長い列を作ってきた。混雑時には行列はひどく長くなり、数時間待ちということもめずらしくない。子供は我慢強くないが、早い者勝ちだから仕方がない。人々は手持ち無沙汰で何時間も待ち、割り込みに神経を尖らせた。

ディズニー・ファンの掲示板にはたびたびこのトピックが投稿され、厚かましく割り込んだ人と怒った順番待ちの人の殴り合いが勃発したなどと報告されたものである。

ディズニーは1990年代に、長い行列のせいで楽しかったはずの体験が多くの利用者(ディズニーではゲストと呼ぶ)にとって不快なものになってしまうことに気づく。

しかしディズニーには解決困難な問題があった。スペースマウンテンが乗せられる一時間あたりのゲストの数は限られていることである。不快な行列待ちを減らしつつ、より多くの利益を生み出せるような方法は何かないものか……。

「ファストパス」でゲストの経験を向上

そこでディズニーの出した答えが、のちに「ファストパス+」と呼ばれるようになる待ち時間短縮パスだった(パンデミック中はファストパス+の発券は中止され、さらに2021年8月に正式に廃止されて、代わってさまざまな有料の優先搭乗サービスが導入された)。

ゲストは希望のアトラクションまたはショーを3つまで選び、事前にパスを取得する。パスは無料だが、指定時間枠内に使わなければならない。行列は大嫌いというゲストや事前に計画を立てておきたいというゲストは、パスを活用すると長蛇の列の一部をスキップできる。

パスを取得したゲストは、そこらを見物したり、あまり待たずに乗れるものを楽しんだりし、時間が来たらお目当てのアトラクションに出向いてファストパス+専用の短い列に並んで満喫する、というしくみだ。

パスを3枚使い切ってしまったら、追加で1枚取得できる。ただし一定時間置かないと使えないので、その間子供たちは空いているショーを見たり、ソフトクリームを食べたりする。そして時間が来たらお目当てのアトラクションに出向き、パスを使い切ったらまたもう1枚……という具合に、疲れ切るか財布が空っぽになるまでこれが続く。

ファストパス+は、世界各国のディズニーリゾートによって多少の違いはあるものの、混雑をある程度緩和し、ゲストの経験を向上させる効果があることが確かめられている。  

だがファストパス+のほんとうのマジックは、人々をパークに長い間滞在させる効果があることだ。その間に、ただ行列待ちをしていたときよりも多くのお金を使わせることができる。

まる1日の滞在中にいくつかのアトラクションを短い待ち時間で楽しむことができるが、アトラクションの合間は1時間か2時間ある。その間、何をするのか。

乗り物と乗り物の間はかなり離れており、その道中は子供たちの欲望をそそるようにじつに巧みに設計されているのだ。ついおねだりしたくなるミッキーのグッズ、飲みたくてたまらなくなるパイナップル・スムージー、等々。  

ディズニーはデューク大と同じような難題に直面していた。彼らは人気アトラクションへのアクセスという希少資源を持っている。このアクセスは、従来は早い者勝ち方式で割り当てられてきた。これはすべての人に同じ扱いをする公平なシステムに見えた。

「ファストパス」導入の3つの効果

今日でも何時間も行列待ちをする人々はいるが、その全員が、無料のファストパス+が用意されていることは知っているはずだ。ファストパス+にはいろいろと制約があって超便利というわけではないにしても、長々と待つことはとにかく回避できる。  

ファストパス+の導入で、ディズニーは3つの効果を上げている。第一に、長時間の行列待ちを辛抱できない人たちの苦痛を和らげた。第二に、行列待ちの時間を園内での買い物や飲食に充てさせた。

第三の効果は少々わかりづらいが、ディズニーにとってはおそらく今挙げた2つ以上に価値がある。それは、早い者勝ちがアトラクションの順番を決める唯一無二のルールではないという事実にゲストたちを慣れさせたことである。ファストパス+は、明確に正当化された限定的な割り込みが存在しうること、自分たちもその割り込みの権利を取得できることを人々に教えたのである。

続いてディズニーは次の一手を打つ。所有権の設計において天才的な一手だった。  

一部の超富裕層は、時間はなくても使えるお金は潤沢にある。最高裁の傍聴席やiPhoneのニューモデル発売で列の先頭を確保するために、行列代行業者にお金を払うような人たちがそうだ。こういう人たちは、ディズニーワールドで行列をスキップするためならいくらでも払う用意がある。

そこでこうした顧客を狙ってディズニーは「プライベートVIPツアー」なるものを考案した。言うなれば「スーパーファストパス++」といった体のものである。

このツアーを購入すればどのアトラクションも待たずに乗れる。それも、一日中。スプラッシュマウンテンを5回連続で乗ることも可能だ。一部の人たちにとって、この特権を手に入れるためなら大金を払う価値がある。

ディズニーが見つけたVIPツアーの「最適価格」 

これは、ディズニーにとって利益を増やす簡単な方法に見える。だがそこには落とし穴がある。もし、あまりに多くの裕福なファミリーが目立つ形で行列の先頭に割り込んだら、辛抱強く待っている人たちが怒り出すにちがいない。  

ディズニーは、プライベートVIPツアーの値段を十分に高くして利益を増やすと同時に、割り込みに神経を尖らせる行列待ちの人々に気づかれない方策を講じられる兼ね合いを探り、最適価格を見つけ出すことで、この問題を解決した。

実に巧妙な計算の結果、気づかれないように利益を最大化しうる価格は、シーズンによって3000〜5000ドルとされた。これが1グループ当たりのツアー料金(入場料は別)で、7時間連続ですべてのアトラクションの行列をスキップできる。いかに大金持ちといえども、これ以上の金額と時間をディズニーワールドに費やす気はないということだろう。

プライベートVIPツアーには専属ガイドが1グループに1人付き、スマート且つ控えめに誘導してくれる。通常はファストパス+専用レーンから入るので、特別扱いと気づかれることはない。超人気アトラクションなどは、ガイドが通用口や出口から案内する。

ディズニーにはごく最近まで待ち時間短縮方法が何通りか用意されていた。中でも悪名高かったのが、身体障害者用パスである。入園時にこのパスをもらうと、身体障害者1人につき最大6人までのグループが優先搭乗できる。

だが甚だ遺憾なことに、身体障害者が自身を1時間130ドル程度で貸し出し、健常者のファミリーが付き添い人として行列をスキップできるようにしていることが判明する。プライベートVIPツアーと比べたら、このほうがはるかに安上がりだ。  

車椅子をレンタルしてきて身体障害者のふりをする悪質な連中もいた。あるゲストはこんなことを言っている。「ブラックマーケットで身体障害者を雇えば行列を全部飛ばせるのに、誰がVIPツアーに大金を出すもんか」。

身体障害者を雇ったというあるニューヨークから来た富裕層のママは罪の意識などかけらもなく、「これが1%(の超富裕層)のやり方よ」とさも当然のように話した。

VIPツアーには結局「社会的価値」がある

こうした事態を憂慮したディズニーは、身体障害者用パスを廃止する。「たいへん遺憾なことに、一部の利用者が障害者を雇い、障害を持つ方への私どもの配慮を悪用していることがわかったため」だと述べている。1%が行列をスキップしたいなら、その1%に払わせたいというのがディズニーの考えだ。  

読者が周囲を注意深く見回してみたら、早い者勝ちのルールがそこここで崩れていることを発見するだろう。だが心配する必要はないかもしれない。

結局のところ、ファストパス+は一般ゲストのイライラ解消に役立っている。プライベートVIPツアーでさえ、それなりに社会的価値がある。すくなくともディズニーの株主にとってはそう言える。

東洋経済オンラインより転用


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