2月に公表された日銀資料では都市銀行が日銀に持つ当座預金残高のうち2730億円にマイナス0.1%の金利が適用され、それが三菱UFJ分とみられている。約2.7億円の金利が日銀に支払われた計算になる。
これがどういう意味を持つのか。銀行や信用金庫などの金融機関は、預金残高の一定割合を日銀に当座預金として預けなければならない(準備預金制度)。それとは別に、預金などで集めた資金を融資や国債購入などで運用し、余った資金もやはり日銀に預けている。
日銀は金融機関の当座預金の残高に応じて金利を「プラス金利」「ゼロ金利」「マイナス金利」の三層に分け、残高が一定額を超えた分にマイナス金利が適用される。金融問題に詳しい経済ジャーナリスト・森岡英樹氏が指摘する。
「マイナス金利の導入には、銀行に企業などへの融資を促して経済活動を活発にし、デフレを脱却する狙いがある。銀行が日銀の口座に多くの資金を置いていると、“資金に余裕があるのに融資していない”とみなされ、ペナルティとしてマイナス金利を科せられる仕組みです」
日銀のマイナス金利とは、いわば銀行への“罰金”のような性格がある。日銀は2016年にこの制度を導入し、地方銀行や第二地銀、外国銀行などは毎月のようにマイナス金利が適用されている。だが、メガバンクはこの6年間、資金の運用を増やすことで日銀の当座預金の残高を抑え、“罰金”を回避してきた。
それが今年になってメガバンク首位の三菱UFJにマイナス金利が適用された。メガさえもいよいよ融資先や運用先がなくなってきたのか。三菱UFJ銀行広報部はこう回答した。
「これまでは市場運用等を通じて経済合理性の範囲内で当座預金残高を一定範囲内に収めることができておりました。しかしながら今般、預金が一定の残高を超え、短期金融市場における経済合理的と考える水準での運用手段も限られるため、相対的に利用価値の高まった日銀当座預金に存置することと致しました」
前出の森岡氏が解説する。
「銀行にはコロナ給付金などで預金が集まっているが、不況下でこれ以上融資を増やすとなると焦げ付くリスクは小さくない。加えてウクライナ危機で債券市場も不安定です。銀行としては、高いリスクをとって融資や運用を増やすより、マイナス金利の罰金を払っても日銀に資金を置いていたほうがいいと判断したのでしょう」
コトはそれだけにはとどまらない。三菱UFJが今回、日銀のマイナス金利適用というペナルティを受けた背景に、メガバンクと日銀の黒田東彦・総裁との対立があるという見方がある。大手銀行関係者の話だ。
「黒田総裁は就任以来、物価上昇2%の目標を掲げて“黒田バズーカ”と呼ばれる異次元の金融緩和とマイナス金利政策を続けてきた。金利で稼ぐ銀行にとっては厳しい政策です。それでも銀行側は要請に応じて融資を増やしてきたが、日銀の目標は達成できないまま銀行の経営は圧迫されていく。
それなのに、黒田総裁は方針を変えないどころか、2月2日の衆院予算委員会で異次元緩和が地域金融機関の経営を圧迫しているとの野党の指摘に『認めません』と強い口調で反論した。その非を認めない態度に大手銀行の人間ならカチンと来て当然です。金融界では、今回三菱UFJが日銀のマイナス金利をあえて受け入れたことを、“日銀が何と言おうと、これ以上、融資先はないよ”という業界の思いを代弁するアピールになったと評価する声が多い」
三菱UFJのマイナス金利受け入れが、金融界から黒田日銀に対する“無言の抗議”になったと受け止められているのだ。森岡氏が言う。
「黒田日銀はマイナス金利を深掘りしたい考えだが、収益が悪化している銀行はずっと抵抗してきました。黒田総裁の任期はあと1年ちょっととなり、デフレ脱却はいまだに実現されていない。それでも日銀は黒田総裁が続く間は掲げた看板を下ろしにくい。総裁の任期切れを前に、黒田日銀vsメガバンクの対立が強まってきたのは間違いない」
消費者団体が訴訟も
だが、黒田日銀vsメガバンクの対立が激化するほど、日本の預金者への「マイナス金利」導入の可能性が高まっていく。
中央銀行のマイナス金利政策による銀行の経営圧迫、コロナ対策の給付金による預金増大、ウクライナ危機による資金運用リスクの増大など、日本と欧州の状況はそっくりだ。そのうえ、黒田総裁がこのままマイナス金利政策を続ければ、銀行側はコスト負担に耐えられずに預金者に転嫁する動きを強めることが予想されるからだ。
銀行はまずは各種「手数料」を新たに導入している。メガバンクではコロナ下で「紙の預金通帳」が一部有料化され、一定期間未利用であるなどの条件を満たした口座の維持管理に手数料が発生する仕組みが導入されたところもある。
欧州の銀行は各種の「手数料徴収」から、「口座維持手数料」と進み、ドイツの場合、毎月8ユーロ(約1000円)程度の口座維持手数料を取られるのが一般的になっている。同じ流れだ。
その先に来るのが預金に対するマイナス金利だ。シンクタンク・東短リサーチ社長の加藤出氏はこう話す。
「ドイツの場合、反発を恐れて最初は企業の預金だけにマイナス金利をかけ、次に一般の預金者の高額預金部分、その後、マイナス金利を適用する預金残高の基準を徐々に引き下げるなど段階的に導入が進められた」
日本でも、同様の順に動いていく可能性を考えるのが自然だろう。
「ただし、ドイツではマイナス金利で預金を減らされることに怒った預金者や消費者団体が訴訟を起こし、連邦裁判所が『銀行はマイナス金利を科す際に顧客の同意を得る必要がある』との見解を示したことで、銀行から預金者に同意を求める契約変更の書類が送られている。契約変更を拒否すると口座を解約されるケースもあり、いまや欧州の預金者は各国の銀行の口座維持手数料や金利を比較した専門のサイトで銀行を選んで預金を預け替える動きが急速に進んでいるようです」(加藤氏)
まさに預金者切り捨てだが、日本の預金者も今から、「銀行に預金すれば罰金」の時代に備える心構えが必要になる。
※週刊ポスト2022年3月18・25日号
マネーポストWEB より転用
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