インボイス導入で声優が「廃業の危機」涙の訴え どれぐらい負担が増えるのか?
- 政治・経済
- 2023年7月17日
アニメプロデューサーの植田益朗氏、声優の岡本麻弥氏、アニメーターの西位輝実氏らが6月22日、日本外国特派員協会で、インボイス制度の中止を求める記者会見を開きました。アニメ業界は若手のアシスタントがいなければ成り立たず、インボイス制度の導入は若手を廃業に追い込むことになり、アニメの衰退につながると訴えています。
岡本氏は自身の廃業も検討しているそうです。「アメリカにいる間、何度も日本の漫画やアニメを誇らしく感じました。それが今、インボイス制度で破壊されようとしています」と涙ながらに語りました。
声優は事務所に所属していても、ほとんどが個人事業主で、課税事業者になるべきかどうかの選択に迫られているとのことです。免税事業者のままでいると仕事が減る可能性があり、課税事業者になると税金と手続の負担が増えるため、難しい選択をしなければなりません。
インボイス制度は、今年10月から開始予定ですが、改めてどのような制度で、どれ位負担が増えるのかなど、反対運動が起きている背景について考察したいと思います。(ライター・岩下爽)
●免税事業者、新規の取引をしてもらえなくなるリスク
インボイス制度とは、消費税の課税事業者となり、登録を受けた事業者が交付する適格請求書(インボイス)でないと消費税の仕入税額控除ができないというものです。事業者は、売上があると消費税を受け取り、仕入や経費の支払いをする時は消費税を支払います。その消費税の差額が納付すべき消費税額となるのが原則ですが、インボイス制度が導入されると、適格請求書に対する消費税の支払いでないと仕入税額控除ができなくなります。
消費税は、基準期間の売上が1000万円以下である場合には、免税事業者になることができます。免税事業者である場合は、受け取った消費税を納付する必要はありません。このことは、インボイス制度が導入されても変わりません。インボイス制度の導入で影響を受けるのは、①原則課税を選択している課税事業者と②免税事業者です。
原則課税を選択している課税事業者は、免税事業者と取引をした場合、仕入税額控除ができなくなるため、消費税を多く納めなければならなくなるからです。
免税事業者は、インボイスの登録をしないと、新規の取引をしてもらえないリスクがあります。一方、インボイスの登録をすると、煩雑な手続きをしなければならなくなり、消費税の負担も増える可能性が高くなります。
●どれぐらい負担が増えるのか?
(1)課税事業者
原則課税を選択している課税事業者は、売上にかかる消費税から仕入れ等にかかる消費税を控除して、その差額を消費税として納付する必要があります。したがって、仕入業者が非課税事業者の場合、仕入業者に支払った消費税分が増えることになります。免税事業者から100万円の仕入れがあった場合、その10%の10万円は仕入税額控除できず、その分の負担が増えることになります。
ただ、免税事業者からの仕入れに係る経過措置があり、令和5年10月1日から令和8年9月30日までは、仕入税額相当額の80%、令和8年10月1日から令和11年9月30日までは、仕入税額相当額の50%を仕入税額とみなして控除できます。そのため、当分の間は少しの負担増で済みます。
また、2年前(基準期間)の課税売上が1億円以下または1年前の上半期(個人は1~6月)の課税売上が5千万円以下の事業者は、1万円未満の課税仕入れについて、インボイスの保存がなくても帳簿の保存のみで仕入税額控除ができる「少額特例」というものもあります。
なお、非課税事業者との取引について今後どうすべきか悩んでいる事業者も多いと思いますが、以前から取引のある事業者に対して、インボイス登録をしないことを理由として消費税分を支払わなかったり、取引を打ち切ったりした場合、独占禁止法違反や下請法違反になるおそれがあるので注意が必要です。
(2)免税事業者
免税事業者は、原則課税の課税事業者となった場合、売上にかかる消費税分が増えることになります。たとえば、売上が500万円ある場合、500万円の10%である50万円分の消費税から仕入等にかかる消費税を控除した額が増えることになります。
ただ、消費税の課税方法には、「原則課税」以外に「簡易課税」と、「2割特例」というものがあります。「簡易課税」というのは、課税売上高が5,000万円以下の場合、6つの事業区分ごとに定められている40%~90%の「みなし仕入率」を仕入れにかかる消費税額として差し引くことができるというものです。たとえば、サービス業の場合、みなし仕入率は50%なので、売上が500万円の場合、500万円の10%である50万円の50%(25万円)が仕入税額とみなされ、25万円を消費税として納付することになります。
「2割特例」というのは、免税事業者がインボイス制度を機に課税事業者になった場合の特例として、売上税額の8割を差し引いて消費税の納税額とすることができるというものです。業種に関わらず、売上税額の2割で済むため負担が少ないのがメリットです。2割特例を利用した場合、売上が500万円の場合、500万円の10%である50万円の80%(40万円)が仕入税額とみなされ、10万円を消費税として納付することになります。
ただ、注意が必要なのは、「2割特例」を適用できるのは、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間に限られるということです。また、基準期間の課税売上が1000万円を超えた場合も「2割特例」が使えなくなります。
●税負担よりも、税務手続の煩雑さが大きなデメリットに
冒頭でも述べたとおり、フリーランスや自営業者などを中心に全国各地でインボイス制度に対する反対運動が行われています。反対をする大きな理由は、税負担よりも税務手続の煩雑さにあると思います。
アニメーターやデザイナーなどは、一人で業務を行っている人が多く、必ずしも事務処理が得意な人ばかりではありません。課税事業者になると煩雑な税務手続をしなければならなくなります。税理士に依頼するだけの金銭的余裕がない人もおり、非課税事業者のまま何もしなければ、仕事を取るのが難しくなります。つまり、どちらを選択しても地獄ということです。そのため、インボイス制度の反対運動が起きているわけです。
インボイス制度に賛成する立場の人は、益税を無くすことは公平な課税のために必要なことだと主張します。しかし、課税制度というのは、累進課税でもわかるように、所得や規模に応じて差異が設けられたり、手続の簡易化が図られたりしています。消費税の簡易課税制度や免税制度も同じ趣旨であり、不合理なものではありません。だからこそ、免税制度は存続されているわけです。
インボイス制度は、免税制度を存続しておきながら、事実上免税制度を利用しづらいものにするものです。年間数十万円しか売上がないような小規模事業者に、適格請求書(インボイス)の発行を求めることは酷であり、まるで「弱い者いじめ」です。
当面は、免税事業者の相手方も8割の仕入税額控除が認められるので大きな負担増にはなりません。免税事業者であることに負い目を感じる必要はなく、堂々としていれば良いと思います。何も考えずに安易に課税事業者になることは財務省の思うツボです。
多くの人が課税事業者にならなければ、財務省も特例措置を延長するなどの対応を検討せざるを得なくなります。まずは正確な知識を持って、状況を適格に判断し、反対運動を継続していくことが大事だと思います。その上で、将来的に課税事業者になるかどうか慎重に考えればよいのではないでしょうか。
弁護士ドットコムニュース編集部より転用
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