マハティールがフランスを猛烈に批判した意図 世界で高まる「イスラム恐怖症」への牽制か
- 国際
- 2020年11月12日
アメリカ大統領選をめぐる報道が目立つ中、扱いが極めて小さくなっているが、欧州でイスラム過激派分子によるテロ行為がにわかに相次いでいる。
そして、その影響が欧州のみならず、日本にも近い東南アジアでもかすかな震動を起こしていることは無視できない現実だ。
発端は、9月初めまで遡る。
フランス週刊紙の風刺画が呼んだ波紋
フランスの週刊紙『シャルリ・エブド』が、死者12人を出した2015年の同紙本社襲撃テロ事件の公判に合わせて、イスラム教預言者ムハンマドのターバンの代わりに爆弾が描かれた風刺画などを再掲載。シャルリ・エブドは社説で「テロ襲撃の裁判が始まるに当たって、これらの風刺画を再掲載することは、私たちにとって不可欠だった」として、編集長自ら「私たちは(風刺を)放棄しない」と訴えた。
これを受けて、エマニュエル・マクロン仏大統領も、「報道の自由があり、編集の決定に口を出す立場にない」としたうえで、「フランスには冒涜する自由がある。風刺は憎悪ではない」と擁護する姿勢を取っていた。
その後、この風刺画の掲載にイスラム教徒が早速反応した。
9月25日にシャルリ・エブド旧本社前の路上でパキスタン出身の男が通行人を刃物で襲い、2人に重傷を負わせた事件が派生。地元メディアによると、男は「預言者ムハンマドの風刺画が再掲載されたことが耐えがたかった」との趣旨の供述をしたとされている。
さらに、10月16日にはパリ郊外で、表現の自由を議論するためシャルリ・エブドのムハンマド風刺画を授業の題材としたサミュエル・パティさん(47)が首を切られて殺害され、ロシア出身のチェチェン系イスラム教徒の男(18)が駆けつけた警察官に射殺された。
同29日にはフランス南部ニースのノートルダム教会でも男女3人が刃物で殺害される事件が発生。さらに、今月2日夜にはオーストリアの首都ウィーン中心部の繁華街など6カ所で銃撃が起き、4人が殺害され、20人以上が重軽傷を負った。いずれもイスラム過激派によるテロとみられており、連鎖に歯止めがかからない事態となっている。
これらのテロ事件は欧州で起きたものの、マクロン氏のムハンマド風刺画を擁護した発言などを発端として、イスラム教を国教とする国家などでは「表現の自由は許されても、冒涜は許されない」などと一斉に反発が起き、フランス製品のボイコット運動などが起きている。これはアラブ諸国だけの話ではない。国民の約6割以上をイスラム教徒が占める東南アジアのマレーシアにも余波は及んでいる。
95歳となる高齢のマハティール前首相は10月29日、ツイッターへの連続投稿で、「フランス人は、その歴史の中で大勢の人を殺してきた。多くはイスラム教徒だった。このような過去の大量虐殺ゆえ、イスラム教徒には多数のフランスの人々に対して憤り、彼らを殺害する権利がある」と訴えた。
そのうえで、「イスラム教徒は『目には目を』の報復律を実践してこなかった、フランス人もするべきではない。フランスは国民に他者の感情を尊重するよう教育する必要がある。フランス人は1人の怒れる人物の行為をすべてのイスラム教徒とイスラム教自体の責任にしている。ゆえにイスラム教徒にはフランス人を罰する権利がある」と主張した。
マハティール発言、一部は削除
このツイートは瞬く間に世界中で波紋を呼ぶ結果となり、フランス側の猛烈な反発もあって「殺害する権利」に言及した部分が後にツイッターから削除された。しかし、同じ内容はマハティール氏自身のブログでも公開されており、該当部分は今でも削除されず残されたままだ。
これについて、当のマレーシアのイスラム教徒はどう受け止めているのだろうか。首都クアラルンプールの金融機関に勤めるニザさん(30)は、苛立ちを示しながら、こう話した。
「確かに、フランスのマクロン大統領が表現の自由を掲げてムハンマドの風刺画を許容する姿勢を示したことには、大きな違和感がありました。表現の自由と他宗教への敬意は別次元の話です。ムハンマドを冒涜するようなことがイスラム教徒にとってどれほどの意味があるのか、そこに想像力を働かせることは大国のリーダーとして必要なことだと思います。穏健なイスラム教徒たちでさえ、疑問を抱いているのが事実です」
だが、マハティール氏のツイッターに話が及ぶと、小さくため息をついて、「マハティール氏がツイッターで述べたことは少し行きすぎですね。マレーシア国民としては恥ずかしい。負の連鎖を呼ぶような発言は控えてほしい」と述べ、あくまで冷静な姿勢を見せた。
ちなみに、マハティール前首相は、この自身の発言が前後の文脈などを省いて不正確に伝えられ、世界中に誤解が広まることとなったとして、「実にうんざりだ」と、再びツイッター上に連投して抗議をしている。その中で、「FacebookやTwitterの決断で投稿が削除されることに関して、私は為す術もない。彼らは表現の自由の御用達業者であるのであれば、私にその発言の意図を説明することを許さなければならない」と、FacebookやTwitter側への反感も露わにした。
マハティール氏のこの発言の背景には、実は欧米諸国への強烈な対抗意識が垣間見える。元は開業医であったがのちに政治家へと転じたマハティール氏は、欧米諸国に対抗しうるアジアにおける存在力を高めるべく、日本の経済成長を見習うべきだとするルックイースト政策を掲げて強力なリーダーシップを発揮した。マレーシアの国力を飛躍的に増大させた経緯から、今でも国民の絶大な信頼を誇る。
とりわけ、「アジアの価値」を重視して日本だけでなく中国などの大国を取り込むことで、西側中心の経済秩序や価値観に立ち向かう姿勢を明確にし、イスラム系だけでなく華人、インド系など多宗教多民族が融合する国家マレーシアへの内政干渉を抑える目的もあったとされている。
「西側諸国」に対する不満
現に、話題となったツイートは実は12項目にも及ぶ内容のほんの1項目の内容であったが、その他の項目でマハティール氏はしきりに「West(西側諸国)」というフレーズを用いてこのように述べている。「われわれは西側諸国のやり方をしばしばコピーしがちだ。彼らのような服装をして、彼らの政治システムだけでなく、彼らの奇妙な習慣でさえ取り入れる。しかし、われわれは多様な宗教や人種の間で異なる、われわれ自身の価値観を持ち、それこそがわれわれが維持すべき必要があるものなのだ」。
さらには、ヨーロッパでは昨今、ネーキッドビーチ(全裸ビーチ)までもが存在すると指摘したうえで「西側諸国はこれをノーマルとして受け入れているが、これを他者に強制的に課すべきではない。そうすることは、人々の自由を奪うことにつながるのだ。他者の価値観に敬意を払わないことは許されない。尊敬を示すことこそが、彼ら自身の文明レベルを測ることにつながるのだ」と熱弁を振るっているのだ。
実際、マハティール前首相は92歳で再び首相の座に返り咲いた後、イスラム教国家としての発言力を世界で高めようと尽力し、昨年12月には首都クアラルンプールでクアラルンプール・サミット(イスラム諸国首脳会合)を開催。イスラム世界が直面する課題を話し合うことを目的に、マハティール氏が主催したこの会議には、イラン、カタール、トルコなどイスラム諸国の要人ら数百人が出席した(マハティール前首相は今年2月に辞任している)。
この会議でマハティール氏は、世界中で“イスラムフォビア”、つまりイスラム教への偏見や不当な扱いが蔓延していると指摘、この流れに立ち向かうための結束を訴え、「西側諸国への依存を断ち切る方法を見出すべきだ」と宣言した。アメリカなどからの経済制裁を受けているイランに協調する姿勢を見せることで、欧米に頼らないイスラム世界独自の経済的自立を訴えた形だ。
イスラム教徒向けのデジタル通貨構想を提案
さらに、イランのハッサン・ロウハニ大統領が、「イスラム世界は米ドルが支配する金融体制から脱却するための措置を講じるべきだ」と述べ、イスラム教徒向けの共通暗号通貨(デジタル通貨)構想を提案。これは、貿易決済における米ドル依存を低下させてイスラム金融の利用を促進させる狙いで、マハティール氏がかねて提案してきていたものであった。
会合では、ブロックチェーン技術の活用などにより米ドルではなく現地通貨を利用した貿易を促進し、イスラム諸国が連携することで、欧米中心の貿易・経済体制からの脱却と自立が強調された。マハティール前首相は、会議に先立って行われたイランのロウハニ大統領との会談で、「マレーシアはアメリカの圧力に対するイランの政府と国民の抵抗を賞賛する。両国はイスラム国家として、経済的な能力を活かすことで大規模な発展を遂げることができる」と協調姿勢を全面的に押し出していた。
センセーショナルに発言の一部が取り沙汰された今回の騒動。歯に衣着せぬ欧米批判を続け、イスラム教徒を抱える国々の間で強力なリーダーシップを発揮してきたマハティール氏の今回のツイッター発言の裏には、世界で高まり続けるイスラムフォビア(イスラム恐怖症)の流れを抑止させたい思いが隠されている。
東洋経済オンラインより転用
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