缶コーヒーと温かい飲料提供する自販機を生んだ、50年前の冬の「ひらめき」
- 政治・経済
- 2022年7月13日
ポッカレモン(現ポッカサッポロフード&ビバレッジ、名古屋市)の創業者・谷田利景さん(故人)は、名神高速道路を大阪方面に向けて車を走らせる途中、養老サービスエリア(SA、岐阜県養老町)の食堂に立ち寄った。1968年冬のことだ。
「眠気覚ましにコーヒーが飲みたい」と運転手から言われたためだが、行列しており1杯を飲むのに30分かかった。「車の中で飲めたら時間が省けたのに――」。そう思い、よく見ると、SAには、寒さに耐えながら冷たいびん飲料を口にするトラックドライバーが多くいた。そこで「夏は冷やして冬は温めて飲める缶入りコーヒーだ」とひらめいた、と谷田さんは自著で述懐している。世界初となる冷温切り替え式自動販売機の誕生につながった。
「素人発想の妙が消費者の心を捉えた」と谷田さんは記しているが、谷田さんの当時の部下で缶コーヒーの開発に携わった安田喜成さん(79)は「素人考えだったかもしれないが、谷田さんのひらめきがなければ自販機の普及は遅れていただろう」と語る。自ら率先して開発に取り組む姿が印象的だったという。
■世界初の脱「冷たいだけ」
冷やして飲むびん飲料が主流の時代。自販機も冷たい飲料向けのみだった。谷田さんは、温め機能付きの自販機の開発を社内に指示し、早速、複数の大手機械メーカーに依頼。「難しい」と断られ続けたが、群馬県内の中堅メーカーとの共同開発にこぎ着けた。自販機内の缶コーヒーの温度を一定に保つ技術は困難を極めた。熱過ぎると缶を手で持つことができず、砂糖やミルクが入ったコーヒーの品質も崩れてしまう。自販機内の空気の流れを調整する技術を取り入れるなど試行錯誤し、ひらめきから約5年、スイッチ一つで冷と温を切り替えられる画期的な自販機が誕生。1号機は養老SAに置かれた。
現在、ポッカサッポロフード&ビバレッジで自販機の営業などを統括する東海北陸営業本部長の渡辺一史さん(54)は「『飲み物をよりおいしく、手軽に提供したい』と信念を持って開発を続けたことが成功につながった」と話す。
■清涼飲料市場拡大に貢献
冷温切り替え式自販機の登場は、国内清涼飲料市場の拡大に大きく貢献した。72年に発売された缶コーヒー「ポッカコーヒー」は自販機の普及とともに売り上げを伸ばし、発売から50年を迎えた現在、91億本以上を売り上げるロングセラー商品となっている。
ポッカの成功を見た他メーカーも自販機の製造に参入。「後に谷田さんは『特許を取っていれば、今頃もっともうかっていただろうに』と苦笑していました」。安田さんは振り返る。
ポッカサッポロは「未来の食のあたりまえを創造する」を使命に掲げ、常識にとらわれないユニークな商品を提供し続けている。昨年8月には缶に入った飲むカレー「カレーな気分中辛」を発売し、話題を集めた。
渡辺さんは「缶コーヒーも冷温切り替え式自販機も当時は珍しかったと思うが、いまでは『あたりまえ』の存在となった。これからも未来に向けた新たな価値を消費者に提供し続けていきたい」と語る。恐れを知らない「素人発想」からヒット商品を次々と送り出してきた創業者の精神は生き続けている。
■今は冷凍ギョーザ、冷却マスクも
日本自動販売システム機械工業会によると、2021年の清涼飲料自販機の普及台数は、前年比1%減の199万9000台で、26年ぶりに200万台を割り込んだ。コロナ禍で外出機会が少なくなり、ネット通販が普及し、購入手段が多様化していることも大きい。保守・管理や商品の補充にあたる人手不足も課題だ。
一方、外出自粛や時短営業で落ちこんだ需要を取り込もうと、飲料以外の自販機を設置する動きも広がっている。東海地方でも、冷凍ギョーザやコーヒー豆、冷却したマスクなどの自販機が登場した。売上金の一部が非営利組織(NPO)などの社会貢献団体に寄付される「寄付型自販機」も注目を集めている。
コメントする