日本PTA全国協議会からの退会は全国初
コロナ禍で学校行事やPTA活動が減り、「ここだ!」と役員に手を挙げる傾向も相まってか、新年度につきものの「恐怖の保護者会」の悲鳴がさほど聞かれないと思っていた昨今、PTAの名が突如全国ニュースとなった。
東京都小学校PTA協議会(都小P)が、6月18日の総会で、今年度を最後に「日本PTA全国協議会」(日P)から脱退する方針を決めた。7月に行われる理事会において正式な決定となる見通しで、これは全国で初めてのケースになるという。退会の理由として、日Pに会員の声を吸い上げたり、会員同士の交流を深めたりする意図を感じないことと、年会費で集める児童一人当たり20円の半額を日Pに納めているが、全国大会や中学生対象の事業への支出が多く、会員に納得する説明ができないという2点を挙げている。
多くの人にとってなじみのない、「日本PTA全国協議会」という名。PTAの頂点に、全国規模の組織があることに、驚きを覚えた人も少なくないのではないだろうか。
私も一PTA会員であった時には、日Pは知る由もない組織であり、PTAとは国へと連なる<縦の系列>を持つ組織だと認識したのは、拙著『PTA不要論』の執筆を通してのことだった。
会員約800万人、日本最大規模の組織
日Pの組織図を見れば、各学校のPTAは「単位PTA」と呼ばれ(もちろん、これも知らなかった)、単位PTAは「郡・市・区のPTA連合会」等に所属し、その上に「各都道府県・政令指定都市PTA連合会又は協議会」があり、さらに北海道・東北・東京・関東・東海北陸・近畿・中国・四国・九州という9つの「ブロックPTA協議会」があり、これらの頂点にあるのが「公益社団法人 日本PTA全国協議会」となっている。この縦の系列は日Pにより、国に直結したものとなっている。
そもそも日Pは公立の小・中学校のPTAを束ねる組織で、会員は約800万人。公益社団法人としてはもちろん、宗教も含め、ありとあらゆる組織・団体で日本最大規模を誇る。その名は「Parent-Teacher Association」の頭文字を取っているが、保護者と教職員で構成される以上、日本最大の有権者組織でもある。
国との結びつきが強い
PTAは戦後、教育の民主化を目指す占領軍(GHQ)の働きで、文部省(当時)主導の下につくられた。1948年には文部省内に前身である「父母と先生の会」委員会が設置され、文部省自らPTA結成の手引き書を作成し、全国の都道府県知事に配布した。52年には、「日本父母と先生の会全国協議会」という全国組織が結成されるが、ここでも文部省は参考規約を作成するなど、PTAを指導・管轄する立場を崩さない。その後、文科省に改編されても、PTAは生涯学習政策局社会教育課の管轄として教育行政に組み込まれる存在であり、2013年に公益社団法人となり内閣府の所轄となってからも、国との結びつきの強さは変わらない。
日Pは1968年に「日本PTA創立20周年記念式典」を挙行して以降、10年おきに周年行事を開催しているが、式典には皇太子、総理大臣、衆参議院議長、文科大臣の出席があり、国家の行事として創立を祝福される。日Pはその始まりから、国家の意志と強固に結びついた組織だと言えよう。
PTAは何のためにあるのか
では、この法人の目的は何なのか。PTAとは、何をする組織なのか。綱領にはこうある。
「わが国における社会教育及び家庭教育の充実に努めるとともに、家庭、学校、地域の連携を深め、子どもたちの健全育成と福祉の増進を図り、もって社会の発展に寄与すること」
何を意図するのか、わかりにくい。そこで日P発行の『今すぐ役立つ PTA応援マニュアル』を紐解けば、PTAは次の3つを目的として活動しているという。
1.地域社会と一体化2.成人教育
3.学校教育への協力・連携
なぜか、PTAには「地域」がついて回る。地域社会とは町内会であり、青少年育成委員会など教育委員会の下部組織の活動にもPTAは組み込まれている。貴重な休日に町内会の清掃やお祭りの手伝いに保護者らが駆り出されることは町内会にとって当たり前のことであり、青少年育成委員会にしても非行防止や有害な社会環境の改善のためのパトロールにPTAの参加は欠かせない。それにしても、地域社会の小間使いがまさか、PTAの活動目的の筆頭に掲げられるとは……。
2の成人教育とは、保護者など大人への教育活動を指す。そのほとんどが「出汁の取り方」「アロマの活用」など、母親向けのものだと聞く。なぜ一方的に、保護者はPTAから教育されなければならないのか、疑問が残る活動だ。そして、3番目に学校へのお手伝い。悪評高いベルマークも、負担が大きい広報誌作りも、結局は「学校へのお手伝い」なのだ。ということは、PTAが主体となって行う活動は、疑問視される成人教育しかない。結局、PTAは地域や学校への奉仕機関なのか。そしてこれらを是とし、奨励する上部組織が日Pなのだ。
「脱退してしまうと受け取れる情報が減ります」
日Pは、今回の都小P脱退の動きについてどう受け止めているのだろう。電話取材における回答は、以下のようなものだった。
「アフターコロナの中、コミュニティスクールや「令和の日本型学校教育」の推進などなど国のさまざまな動きがある中で、脱退してしまうと、受け取ることができる情報が減ってしまいます。それは、子どもたちのことを考えても非常に残念に思います。われわれは研究大会などを行い、社会教育発信の場や情報共有の場を作っています。その中で、それぞれの地域のPTAが自分の地域の特性に合わせて、政策を考えて頂けるように活動をしています」
日Pとは、国の意思の代弁者であり伝達者なのか。以前の取材で、当時の専務理事は「われわれの最も重要な役割は、国の教育方針を伝えることです」と断言していた。さらに「文科省や国交省など7つの省庁に、日Pから役員を出している」とも。日Pは子どもの現実から出発し、国に現状を伝えるものではなく、国の意思を下部の「単位PTA」にまで浸透させるトップダウンの組織と言えよう。同時に、国の各省庁に役員を出すことで、国の決定にあたかも保護者の意思を反映させたという名目を担保する行為をも担うことになる。
「楽しい子育てキャンペーン」の前にやるべきことがある
例えば日Pは毎年、「全国小・中学校PTA広報紙コンクール」を開催している。最も優秀だと判断された「単位PTA」には、文部科学大臣賞が授与される。取材に応じてくれた母親は、その事実に憤慨を隠さなかった。
「私、一体、何をしていたんだろう。子どものために広報誌を作っているって思っていたのに、行政に一斉に競わされていたなんて。誰がどんな観点で、審査するのかもわからないものに」
優秀とされるのは、国にとって都合のいい内容であることは容易に想像できる。
2001年からは文科省と協賛で「楽しい子育て全国キャンペーン」を展開、三行詩を募集し表彰している。テーマは、「家庭で話そう! 我が家のルール・家族の絆・命の大切さ」。目的は「『早寝早起き朝ごはん』といった子供たちの基本的な生活習慣づくりなど、家庭教育の大切さや命の大切さについて、親子や家族で話し合ったり一緒に取り組むことを社会全体で呼び掛けていくため」だと文科省はうたう。
個々の家庭のことに国が首を突っ込み、その中身まで、なぜ強制されないといけないのだろう。「楽しい子育て」を標榜するならば、ワンオペ育児の解消や最低賃金を上げるなどの格差解消や、2人に1人が貧困だとされる母子世帯への支援など、個々の家庭が抱える困難にこそ、目を向けるべきだろう。
今後、異を唱える動きが各地で出てきてもおかしくない
仮に保護者の意思に沿った組織であるなら、なぜ日Pは国に、子どもの人権を守るため、「子どもの権利条約」を教育現場にきちんと反映させるよう働きかけていかないのだろう。長年の素朴な疑問ではあったが、そのような下からの上へと至る動きは一切、なされたことはなかった。
PTA創設に文部省が積極的だったのは、戦前の「母の会」を想定していた側面もあるという。「母の会」は子どもが国のために戦地で死ぬことを誇りに思う、国が理想とする母の組織だ。日Pに「国のため」という流れがわずかでもあるのなら、その縦の系列は断ち切るべきものではないだろうか。
子どもの「健全な育ち」のために保護者組織が必要なら、国につながっている必要はない。あくまで“子どもファースト”で、子どもの目線に立った、学校独自の保護者と教員の会でいいのではないか。都小Pが脱退の理由に挙げた「会員の声を吸い上げる」仕組みのない日Pに対し、今後、異を唱える動きが各地で出てきてもおかしくない。多くの保護者が語る「子どものためならば」という思いから、日Pはあまりに遠く、かけ離れている。
———- 黒川 祥子(くろかわ・しょうこ) ノンフィクション作家 福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。 ———
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