岸田首相の経済政策が、「どんどんうやむや」になっていく事情とは?
- 政治・経済
- 2021年10月22日
首相就任から約1週間で主張を変更
岸田首相の経済政策が「うやむや」になっている?
10月4日の夜、岸田文雄首相が就任初の会見で強調したのは、「分配なくして成長なし」でした。直後に「分配」がトレンドワードとなったはずなのですが、それがその後、どうもうやむやになっていきます。
まず新聞が世論調査をしたところ、国民の多くは分配よりも成長を重視していることが判明しました。日本経済が成長していないのにバラマキではたまらないなどという声も聞かれました。すると、初会見の2日後である10月6日には松野博一官房長官が、成長と分配は車の両輪であると説明しました。それ以降、政策のキャッチフレーズも当初とは順序が逆の「成長と分配」で固定されるようになります。
総裁選の頃、岸田氏は「成長は大事だが分配も考えないと日本はおかしくなってしまう」と持論を展開して、具体策として富裕層優遇につながっている金融所得への税率20%の引き上げを示唆してきました。岸田首相は、金融増税を決断して中間層復活への分配財源にする気だと、国民は受け取ったはずです。
ところが、岸田氏は首相就任からわずか1週間ほどの10月10日には、金融所得増税については一転して、「当面は触るということは考えていない」と主張を変更しました。
総選挙が始まる中、このような変更で岸田新首相の経済政策は何が核なのかが、よく見えなくなってきています。いったいなぜ、そんなことが起きているのでしょうか? 岸田首相の主張をめぐる謎を解明してみたいと思います。
選挙の争点は「消費税」と「コロナ給付金」
与党は具体策にブレーキか
今回の総選挙は、直前の菅前政権が支持率を大きく下げてきた経緯から、自民党が大きく議席数を減らすのは確実だとみられています。メディアが報じる勝ち負けのラインとして、現有議席284と総議席の6割強を占めてきた自民党が、今回の選挙で232議席以下、つまり単独過半数を割れば与党の敗北。逆に233議席以上で踏みとどまれば野党の敗北だと言われています。
選挙の争点として国民が注視しているのがこの「分配」に関係する各党の政策で、具体的には2年前の19年10月に10%に増税されて以来、庶民の負担となっている消費税と、コロナで苦しくなった懐に対する給付金の二つの政策が注目されています。
共闘する野党の公約は、消費税については各党でばらつきはあるものの、おおむね「5%に戻す」が基本線で、下げないといっている党はありません。一方でこれは与党なので仕方ないとは思いますが、岸田首相の主張は「消費税率は変えない」です。
給付金については、野党は「低所得者に10万~20万円」ないしは「一律10万円以上」という主張が目立ちます。これに対し与党の公明党は、年齢で区切って、「高校生以下の若い世代に一律10万円」と主張しています。そして岸田政権は「現金給付の方向で検討する」というだけで、具体的な金額や分配ルールについては一切述べていません。もっとも公明党の案に対して「反対しない」と述べていらっしゃるので、政府としては公明党案に収束していくのかもしれません。
つまり、興味深いことに野党の方が弱者に対する分配を重視している一方で、岸田首相は分配と成長につながる具体的な政策についてはおおむねブレーキを踏んでいるわけです。
蛇足ながら解説すれば、5%の消費減税は実質的に物価が5%下がることになるため、経済成長につながります。そしてコロナ禍で所得が減少した層に対しては、消費減税分が分配に相当します。たとえば年収200万円程度で生活している人が、10%の消費税を年間約20万円払っている場合、消費税が半分の5%に減れば、手元に10万円残ります。これは、10万円が現金で国から分配されるのと一緒だからです。
そこに、野党案ならさらに10万円の給付金が加算されます。一方で与党案だと、たとえコロナ禍で収入が減った人でも、20代で独身ならば基本的に手が差し伸べられないわけです。
岸田首相の主張が
「どんどん抽象化」している事情
そもそも今回は政権交代は難しいと想定される中なので、実現可能性を突き詰めなくてもいいという意味で、野党案の方が魅力的に映るのは仕方ないかもしれませんが、むしろ注目すべきは“岸田首相の主張がどんどん抽象化していく”という現象です。
現在の選挙戦で岸田氏は「新しい資本主義」を掲げ、前政権との違いについては「聞く力」を全面に押し出してアピールしている様子です。しかし、何をするのか具体案を示す場になると口をつぐむかトーンダウンしてしまう。ここが秘密解明のポイントで、要するに岸田政権は具体案を口にできないというメカニズムが見え隠れしています。
岸田首相は、自民党の名門派閥である宏池会のトップでもあります。この宏池会が名門と呼ばれるゆえんは、歴代トップが政策通だとされてきたことです。ところが宏池会に対しては悪口もあって、要するに公家集団であって政争には弱いというわけです。
自民党の本質は数と腕力です。実力者と言われる有力政治家は、腕力で党内の声を抑え込むことができる。一方で、弱い立場の与党政治家たちはお互いに結束することで数を確保することで対抗してきました。今回誕生した岸田政権は後者の出自です。
そして数を頼りに総裁選を勝ち上がるプロセスでは、当然のことながら貸し借りで党員の支持を借りまくる必要が出てきます。だから政権を握った段階で、返さなければならない借りが山のように存在する。これは、日本に限らず西側諸国の政治家のリアルです。
自民党の派閥内で見え隠れする
貸し借りの力学とは?
今回自民党の各派閥が、貸しをつくりながら岸田支持に回った最大の利害が、「世代交代を阻むこと」でした。河野太郎、高市早苗、野田聖子各氏のいずれの候補が総裁になっても、政治家の世代交代が進んでしまう。貸し借りが効く岸田総裁誕生なら党幹部の若返りを阻止できる。だから岸田総裁が選ばれ、麻生太郎副総裁、甘利明幹事長が誕生したというのが、岸田政権誕生時の重要な力学でした。
ですから、これから先も岸田首相が返さなければならない借りは、守旧派の利害の維持です。実際、総裁選中の岸田候補(当時)が自民党の機関紙を通じて建設票と農業票を意識した政策を主張していると報道されました。こういったものが総裁候補としての岸田文雄氏が党に対して公約した「分配」の約束だったわけです。
“首相の椅子に座るための借りでがんじがらめになったがゆえに、自派閥から官房長官を起用することさえできなかった”と、岸田首相は政権誕生時にささやかれました。そして旧世代の政治家たちの借りに応えるためには、基本線としてはこれまで決まってきたことを変えないことが重要です。
「聞く力」でいろいろな人の話を聞きながら、自分の持論はひっこめる。これまでの政策を踏襲しながら、ラベルだけ「新しい資本主義」と貼ってみる。そのような政策をとっているようにどうしても見えてしまう裏には、大人の事情がどうやら存在しそうだということなのでしょう。
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