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早大水泳部の「紳士たれ」精神 引退後も見据えた指導法とは?


平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長© AERA dot. 提供 平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長

指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第56回は、「『プロセス重視』で得られる財産」について。

*  *  *

私が学生時代を過ごした早稲田大学水泳部の稲泳寮の食堂には、毛筆で「紳士たれ」と書かれた額がかけてありました。西武新宿線東伏見駅前、50メートルの屋外プールの脇にあった木造平屋建ての寮は、廊下を歩くとギシギシ音がしました。

水泳部の同期で、この連載の構成を担当している堀井記者と、ときどき「紳士たれ」の話が出ます。

大学の水泳部には、子どものころから水泳が速くて、全国大会でいい成績を収めた選手が集まってきます。周りからちやほやされて思い上がり、人を見下すような態度を取りかねない。それでは卒業後、プールから離れたとき、人はついてこない。だから、いつも「紳士たれ」の気持ちを忘れてはいけない。私や堀井記者も含めて紳士とはほど遠い学生が多かったので、毎日目に入る食堂に飾ってあったのでしょう。

大学卒業後にコーチの職を得て子どもの教育の場でもあるスイミングクラブで長く教えてきたので、水泳でいい成績を出しても選手が尊大な態度を取らないように心掛けてきました。

練習を頑張って、できなかったことができるようになる。記録が伸びて達成感を得る。そういう経験は子どもを大きく成長させます。ところが、人を蹴落としてでも、という気持ちが生まれると好成績が毒になることもあるのです。

ジュニア日本代表のヘッドコーチとして、北島康介や後に五輪3大会でメダルを取る松田丈志らを率いて豪州に遠征したとき、表彰台で応援席に手を振る選手たちにミーティングでこんな話をしたことがあります。「外国の選手は優勝して表彰台に立ったとき、2番、3番の選手と必ず握手している。3番になったときも、1番、2番の選手をたたえて握手する。大会には国際交流という目的もあるんだから、まず一緒に泳いだ選手を認められるようにならないとダメだ。明日から、そうしよう!」

北島が力をつけて世界新を出す過程で私が心に留めていたのは「プロセス重視」ということです。結果を出せればなんでもいいというのではなく、トレーニングや合宿、試合のプロセスを大事にしたかった。成績を出したその先、引退後に社会人として日本を代表する人間になってほしい、という思いがありました。

高い目標を立て、自ら困難な練習に挑み、限界を超える。そのプロセスを経て五輪のメダル獲得など結果を出す。水泳を通して得た自信が、他者への寛容な心や寛大な姿勢につながれば、競技を引退した後のキャリアにも生きるはずです。

2年連続の五輪イヤーで改めて「プロセス重視」の考え方を選手に伝えています。昨年の五輪を競技生活最後の目標にしてきたベテラン勢が、五輪延期の落ち込みから気持ちを立て直して練習に打ち込む姿を見ると、困難な状況を乗り越えることで、ものの考え方が変わって視野が広がったのかな、と思います。プロセスが充実していれば、それぞれ百点の満足感を味わうことができるのです。

2月4~7日のジャパンオープン(東京アクアティクスセンター)の結果には一喜一憂せず、大きな目標を見据えて強化を続けていきたい。五輪代表選考会を兼ねた4月の日本選手権に向けて徐々に仕上げのプロセスに入っていきます。

(構成/本誌・堀井正明)

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数

※週刊朝日  2021年2月19日号

© AERA dot. より転用


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