1千万人都市「感染ゼロ」の影 武漢封鎖1年、縮んだ暮らし
- 国際
- 2021年1月25日
23日午前10時、中国・武漢にある漢口駅は、春節を控え、スーツケースを引く帰省客でにぎわっていた。
1年前、新型コロナウイルスの脅威に直面していた武漢市政府はこの日の未明に突然、ロックダウン(都市封鎖)を発表した。
「午前10時から、市内全域の公共交通機関の運行を停止する。空港・駅の武漢発ゲートは閉鎖する」
1千万人都市を丸ごと封鎖する前例のない措置は、市民には寝耳に水だった。
会社員の王馨さん(33)は午前5時すぎ、広東省の親戚からの電話で起こされ封鎖を知った。「大丈夫か?」と聞かれたが、状況がのみ込めず言葉が出てこなかった。運転手の蔡建国さん(55)も朝のニュースで知り、「閉じ込められた」と、背筋が寒くなった。前日、なぜか市内の多くの給油所が閉まっていたのを思い出し、「市民を外に出さないようにするためだったのかも知れない」と疑った。
その後76日間にわたった都市封鎖が、防疫面でもたらした効果は大きかった。昨年5月中旬以降、武漢の新たな市中感染はゼロ。経済を支える自動車工場なども次々と稼働を再開した。
しかし、戻ってきた活気の裏で、再びの感染拡大を恐れる空気は強い。
23日、漢口駅で取材をしていた記者の携帯電話に市当局から連絡が入った。「上海から来てますね。担当者が向かうので調査に応じてください」。記者の住む上海で2日前、新たな市中感染者が確認されたためだ。感染の芽を摘みとろうとする姿勢は、ほかの都市にも増して徹底している。
大きな企業が入る高層ビル群は派手にライトアップされ、繁華街はコロナ禍を忘れたようなにぎわいを見せる。だが、路地に入ってつぶさに見て歩けば、封鎖の傷痕はあちこちに残る。駅近くの商店街では多くの店がシャッターを下ろし、飲食店や美容室だったと見られる店の扉には「閉店」や「テナント募集」といった紙が貼り出されていた。
住民の外出や移動などを禁じるロックダウンは、その後、ウイルスとともに世界各地に広がった。当たり前だったはずの自由を奪う非常手段は、人々の暮らしと心に何を刻んだのか。(武漢=宮嶋加菜子)
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