韓国・文大統領が仕掛けた検察改革の危険性 国家情報院の権限も制約、その政治的意図とは
- 国際
- 2020年12月24日
12月に入って韓国の国会で国の根幹を揺るがすような重要な法律が次々と成立している。文在寅大統領はこれらを「権力機関改革三法」と呼び自画自賛しているが、その内容をみると、韓国という国家が向かっている方向性に危うさを覚える。
成立した法律の一つは「高位公職者犯罪捜査処法」(以下「公捜処」)だ。名前の通り、大統領をはじめ政府高官らの不正を捜査する独立機関の設置を定めている。既存の検察組織が政府高官らを勝手に捜査しないよう、捜査権を公捜処に移してしまう。
ところが公捜処の長は大統領が任命するとされているため、大統領はこの人事権を使って自分や側近らに都合の悪い捜査を実質的に止めてしまうことができる。
法相と検事総長が激しく対立
残る2つは「改正国家情報院法」と「改正警察庁法」で、北朝鮮絡みの事件や国内のスパイ事件などの捜査権を国家情報院から警察に移す。その結果、国情院が専門とする北朝鮮についての情報収集も大きく制約されることになる。南北関係改善に力を入れる文大統領にとって、国情院が大きな障害になっていると考えたうえでの改正のようだ。
この他にも北朝鮮を批判するビラを風船などで散布することを禁じる「改正南北関係発展法」も成立した。北朝鮮に批判的な脱北者らの団体が風船を使い、金正恩体制を批判するビラを北朝鮮に飛ばしたことに北朝鮮が激しく反発。それを受けての対応だ。保守勢力は「北の脅しに屈した」と批判するが、韓国政府は「国境付近の韓国住民の生命を守るため」と強調している。
新法の成立だけではない。同時進行で政権内では秋美愛(チュミエ)法相と尹錫悦(ユン・ソギョル)検事総長の対立がすさまじい様相を呈している。刑事事件捜査に積極的と言われる尹総長が文政権の中枢や与党関係者の捜査を始めると、秋法相がそれを抑え込もうとし、尹総長が対抗措置を打つ。秋法相はとうとう、検事総長に対する懲戒処分を決定し、それに尹総長が異議を唱えるなど混乱が続いているのだ。
法律の内容から想像できる通り、文大統領は検察と国情院という組織を徹底的に嫌っている。それには長い歴史的背景がある。
文大統領は2019年2月、政府の会議で検察について次のように語っている。
「日本帝国の強占期(強制的に占領した時期)、検事と検察は日本帝国の強圧と植民地統治を下支えする機関だった。独立運動家を弾圧し、国民の考えと思想まで監視し、統制した。われわれはゆがんだ権力機関の姿を完全に捨て去らなければならない」
そして、今回の改革関連法成立後には、「民主主義の長年の宿願だった権力機関改革の制度化がいよいよ完成された」「検察はこれまで聖域であり、全能の権限を持っていた。公捜処は検察に対する民主的統制手段である」と述べた。
検察組織は「権力の侍女」
韓国は1987年に民主化し、独裁政権時代に圧倒的な権力を振り回していた陸軍を中心とする軍部の力は完全に消えた。ところが、検察と国情院(かつては大韓民国中央情報部=KCIAと呼ばれていた)の2つの組織は形を変えながら今も力を維持したまま残っている。
文大統領の言葉に示されているように、進歩派勢力にとって検察組織は保守政権の「権力の侍女」であり、かつて自分たちを弾圧してきた組織である。そして、民主化後も国民の手の届かない権力組織として生き残り、歴代政権の命運を左右してきた。特に文大統領は、師と仰ぐ廬武鉉・元大統領が大統領退任後、検察の厳しい捜査によって自殺に追い込まれた経験があり、検察にことさら厳しい見方をしている。
一方の国情院の前身は朴正煕政権時代の悪名高いKCIAであり、民主化活動家ら反政府勢力を厳しく取り締まり、命まで奪ってきた組織だ。いまは対北の諜報活動などを行い、北朝鮮の脅威を強調する組織である。したがって南北関係の改善を重視する文大統領にとっては、政権の足を引っ張る組織でしかない。
つまり、進歩勢力から見れば、検察と国情院は、韓国の民主化実現までの独裁体制を支えた組織であり、民主化後もそのまま残り、今度は保守勢力を支える組織となっている。当然、文大統領のいう「積弊清算」の代表的な対象となる。
ろうそくデモによって幅広い国民の支持を得て政権を獲得した文大統領にすれば、こうした積弊を解消し、保守勢力を弱体化させ、進歩勢力=民主勢力が政権を維持する「永久政権論」は当然のことであり、正義であるということになる。
しかし、事はそう単純ではない。
韓国では民主化後、保守派、進歩派を問わず、歴代大統領は全員、本人あるいは家族が逮捕されたり自殺するなど悲劇的な運命をたどっている。検察の捜査対象は表面的にはいずれか一方に偏っているわけではない。
秋法相と対立している現在の尹総長も、保守勢力の李明博、朴槿恵大統領に対する捜査を積極的に進め、「積弊清算に貢献した」として文大統領自身が検事総長に抜擢した人物だ。その尹総長が現政権関係者の捜査に乗り出した途端、政権は一転して尹総長の排除に血道をあげている。
検察の民主的統制をどう担保するか
気に入らない捜査を進める検事総長を排除する政権が、捜査の指揮権を握る公捜処を手に入れた時、はたして政治的中立性を担保した捜査を期待できるだろうか。
大統領がトップを任命する組織が高位公職者だけを捜査するという仕組み自体に、大統領の言う民主的統制との間でそもそも矛盾がある。
検察組織の民主的統制はどの国にとっても重い課題である。そのためには捜査の政治的中立性を確保し、人事が政治から独立し、自律性を持っていることなどが必要となる。そのうえで地道に実績を積み重ねることで、権力の不正を公平、公正に摘発する機関として国民に支持され、信頼されていく。
にもかかわらず、公捜処にはこうした政治的中立性や自律性を担保する仕組みが備わっていない。
文大統領に言わせると、国民に選ばれた自分たちが検察の権力を弱め、統制するのであるから、国民の望む正義が実現できるというであろうが、これはあまりにも自己中心的すぎる。このままでは公捜処が進歩勢力にとっての「権力の侍女」になりかねない。
さらに仮に政権交代して保守勢力が権力を握ったときには、公捜処が進歩勢力を弾圧するための道具になってしまう可能性さえ秘めている。
国情院の改革についても疑問がある。
独裁時代と変わらぬ政治手法
改革によって北朝鮮に対する韓国の情報収集力などが格段に落ちる可能性が指摘されている。北朝鮮は核兵器やミサイルの開発を継続しており、韓国だけでなく、日本やアメリカなどの関係国にとって軍事的脅威である。この現実を文政権はどう認識しているのであろうか。
南北関係改善を重視することは選択肢の1つであるだろう。だからといって厳しい安保環境を脇においてしまうことは、韓国のみならず日本を含む北東アジア、さらには世界にとっても危険なことである。
文大統領の権力機関改革がこのようにさまざまな矛盾や問題を抱えている最大の原因は、改革の目的が純粋に政策的なものではなく、保守勢力を否定し、弱体化するという極めて政治的なものであることにある。こうした政治的目的を達成するために、国家にとって極めて重要な司法制度や安全保障政策を動員してしまった。その手法は進歩勢力が批判する独裁体制時代の政権と変わるところがない。
その結果、司法制度の政治的中立性がゆがみ、国民の信頼がゆらぐ。また、安全保障政策上のリスクが高まる可能性がある。さらには保守と進歩の対立が一層激化し、社会の分断が深刻化するであろう。
東洋経済より転用
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