全日本にもいた「魔物」の正体 平野敗退
- スポーツ
- 2020年1月18日
◇異質・出澤の変化球に不覚
全日本卓球選手権第5日(17日、丸善インテックアリーナ大阪)、女子シングルス5回戦で東京五輪代表の平野美宇(日本生命)が出澤杏佳(茨城・大成女高)に1-4(4-11、11-8、9-11、5-11、9-11)で敗れ、ベスト16を前に姿を消した。異質ラバーの変則卓球に翻弄(ほんろう)された不覚。そこには全日本ならではの落とし穴があった。
午前10時からの第1試合。しばしば体や神経が目覚め切っていないことがあり、選手にとっては要警戒の「朝イチ」だ。昨年も5回戦で負けている。
だが、それだけではなかった。立ち上がりからピリッとしない。ミスが目立ち、ドライブやスマッシュが決まってもそれが続かず、平野らしい速いテンポでラリーができない。出澤のサービスにてこずったことも、相手に流れをつかませる要因になった。
まだ諦めてはいけない第5ゲーム。いったん9-8と逆転しながら、相手のカットブロックをバックでオーバーミス。続いてフォアの攻撃をオーバーミス。最後はフォアの強打を浴びて終わった。
「第3ゲームでリードしている時に凡ミスが多くて、流れが変わってしまった。ミスが最後まで響いたかな」と平野。淡々と振り返る表情には、球質が合わないことへの諦めらしきものも見て取れた。「異質のやりにくさがあって、最後までペースがつかめないで終わったかなと。粒高で打ってくるので他の選手とタイミングが違って、自分のタイミングが狂ってしまって」
出澤は昨年、ジュニア女子を制し、一般でもベスト16入りした17歳。右のシェークで、フォア側に表ソフトラバー、バック側に粒高ラバーを貼っている。
ラバーのゴムは、片面に粒が並んでバネのような働きをし、反対側は平らになっている。粒側で打つのが表ソフト、平らな方で打つのが裏ソフト。表ソフトはボールとラバーが接する時間(ミート)が短く面積も少ないため、球離れが速く、相手の回転の影響を受けにくく、同時に自分が回転を掛けづらくもある。回転量が少ないため、相手は裏ソフトの打球と同じ感覚で打つと下に落ちやすく、それが表ソフトの武器でもある。
表ソフトの粒が高いのが粒高。ボールが当たると、長い粒がいろんな方向にひしゃげて反発するので、下回転やナックルなど複雑な変化をする。球離れも表ソフトや裏ソフトと微妙に違い、相手は慣れないとタイミングが取りづらい。
フォア側とバック側に違う種類のラバーを貼ることを「異質(ラバー)」と呼ぶ。バック側に表ソフトや粒高を張り、フォア側が裏ソフトの選手は珍しくないが、出澤のような組み合わせは希少な存在だ。
◇五輪で求められる適応力
卓球は戦型が大きな要素を占める。利き腕、ラケットのグリップ、使うラバー、主武器とする打法や台との距離など、選手の数だけ戦型がある。シングルスに230人を超す選手が出場し、出澤のような選手がいるのが全日本の怖さだ。しかもスター選手に対しては、相手が挑戦者精神で向かってくる。
出澤は小学1年の時、コーチの指示で表ソフトと粒高の組み合わせになったという。幼い頃から、使いこなすのが難しいラバーと格闘して技を磨いてきた。
粒高の選手にしては攻撃的で押し込むようなバックを振るかと思えば、下回転を与えて止めるカットブロックなど、打球点や打法にも変化をつけた。フォアからは表ソフトらしい快速スマッシュを放つ。
平野は「全日本は異質の選手が多いので、下に落ちる表(対策の)練習はして来たけど、思ったより変化が大きかった」とも話した。
ところが、その出澤も6回戦では木原美悠(エリートアカデミー)に0-4(7-11、7-11、4-11、9-11)で完敗した。「木原選手とはナショナルチームの合宿などでよく練習していて、練習と同じように打ち込まれてしまいました」と出澤。
平野戦との違いを、分かりやすく説明してくれた。「平野さんとは気持ち的にも戦型的にもやりやすくて、自分のしたいことができました。相手は五輪代表なので、試合できるだけでいい経験になると思っていたし、木原さんみたいにはじかれるとやりづらいけど、平野さんはドライブを掛けてくれるので」
平野は前陣速攻だが、主な打法はドライブ。ラバーでボールをこすり上げるのでミートが長い。押されると、相手の回転の影響を受けやすいマイナス面が出てしまう。劣勢で迷ったりして振りが鈍くなればなおさら、ミートが長くなる悪循環に陥る。
対する木原は出澤が言うように、はじくように打つ。木原自身、バック側が表ソフトなのでミートが短く、相手の球質の影響を受けにくい。まるで出澤の変化をお構いなしに強いバックを連発した。
だからと言って木原と平野が対戦したら、木原が勝つとは限らないのが卓球。トーナメントだけに、戦型の相性が悪い選手とどこで当たるかによって、しばしば勝ち進み具合が左右される。
平野は東京五輪で団体戦に出場する。五輪は1カ国・地域各3人。変則的な選手は相性の善し悪しが大きく、試合を重ねて選手選考を行う間には淘汰されやすいため、ここまで希少な選手と当たる可能性はまずない。五輪を考えれば、平野の敗戦を深刻に受け止める必要はないのかもしれない。
ただ、手の内を知る同士でも互いを研究し、新しいサービスや戦術を用意して臨むのが五輪の大舞台。データにない攻め方をされても慌てない冷静さや適応力、戦術・技術の幅が求められる。
五輪には「魔物」がいるといわれる。全日本ならではの「魔物」に足をすくわれた1敗かもしれないが、この競技を支配する、ボールの回転というものに対する深い洞察と研究の必要性も感じさせた。もっと高度でめまぐるしいせめぎ合いが、半年後に待っている。(時事ドットコム編集部)
一言コメント
魔物は甲子園だけではなさそうだ。
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