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「うなぎパイ」の会社が和菓子に力を入れる特別な事情


NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の舞台である静岡県浜松市。同じ市内と言えども、浜松駅から60キロ以上も離れた山間部にある水窪という町をご存じだろうか。

見た目が美しいと評判の玉ようかんがこれだ

水窪は古くからアワやヒエといった雑穀の栽培が盛んで、中でも在来種の「ネコアシアワ」を江戸時代から作り続けている全国でも珍しい地域なのだ。秘境という言葉がふさわしいこの場所で、今ある菓子メーカーがネコアシアワ作りに取り組んでいる。

その会社は春華堂。この社名を聞いてピンと来る人は少ないかもしれないが、同社の看板商品である「うなぎパイ」は恐らくほとんどの人がご存じのはずだろう。

春華堂は、実は140年続く和菓子の老舗。1887年、茶屋を営んでいた山崎芳蔵氏が「甘納豆」を売り出して評判となり、和菓子メーカーとしての事業がスタートした。1941年には2代目の山崎幸一氏が創作した「知也保(ちゃぼ)」というタマゴ型のもなかが浜松の銘菓として知られるようになり、49年から春華堂という屋号で本格的に商売をすることになった。

●売り上げの8割以上がうなぎパイ

同社のビジネスを大きく飛躍させたのが、浜名湖の名産であるうなぎからヒントを得て生まれたうなぎパイである。

うなぎパイは61年の発売当初、浜名湖の水をイメージした青色のパッケージだったが、ほとんど売れなかった。そこで当時の栄養ドリンクカラーだった赤と黒と黄の3色を使ったものに変更したところ、すぐに販売が伸びたという。このパッケージカラーは今なお変わっていない。ちなみに、うなぎパイのキャッチフレーズは「夜のお菓子」だが、これは精力増強といったものではなく、一家団らんのひとときをうなぎパイで過ごしてほしいという願いを込めて考案されたのである。

さらに、発売から間もなくして東海道新幹線や東名高速道路が開通したことも追い風となった。交通の便が良くなったことで、多くの人が出張や旅行などで浜松にやって来たり、あるいは浜松から出て行ったりするようになり、その手土産としてうなぎパイを買っていったからだ。さらにそれをもらった人がおいしいからと他人に勧めるなどして一気に全国に広まった。当時はインターネットがない時代、本当の意味での口コミだった。

うなぎパイは文字通り“うなぎ上り”に販売数を伸ばしていき、すぐに春華堂のビジネスの大黒柱となった。それは今も変わらず、1日約20万本、年間で約8000万本を生産し、約83億円という全社売上高の8割以上をうなぎパイが占めているのだ。

うなぎパイが売れているのは、単にお土産品として認知度が高いだけではない。製造時のこだわりが商品の味わいに色濃く反映されているのだ。うなぎパイの生地はすべて選ばれた職人による手作業で、その生地を実に9000層にも重なり合わせていくのだ。それがあのサクサク感を作り上げているのである。同社はうなぎパイの通信販売をしていないが、それはちょっとした衝撃で割れてしまうほど、慎重に扱わないといけない商品であることが理由だという。

●今までにない和菓子を!

さて、冒頭のアワ作りに話を戻そう。

これまで数十年にわたってうなぎパイが春華堂のビジネスを支え続けたため、元々の発祥である和菓子の部門は、うなぎパイに“おんぶにだっこ”だった。もちろん、その間も和菓子の新商品は出していたが、会社としても成長しているうなぎパイへどうしても力を入れるため、和菓子職人のモチベーションが低下するなどの行き詰まり感があった。

また、同社だけでなく、日本では和菓子市場そのものが縮小していた。洋菓子に押されて、消費者が和菓子を食べる機会がどんどんなくなっていたのだ。それとともに職人の数も減少。製菓専門学校などで洋菓子のパティシエを目指す学生は多いが、和菓子職人になりたいという学生は少ないのだという。

そうした負の流れを断ち切ろうとしたのが、山崎貴裕社長である。当時副社長だった同氏は、和菓子の再興なくして春華堂の成長はないと考え、2011年のうなぎパイの発売50周年を節目に、原点回帰の意味も込め、新たな和菓子ブランドを立ち上げることを決めたのだ。それが「五穀屋」である。

「うなぎパイだけ作っていれば、効率的で、売り上げも利益も上がっていくでしょう。けれども、元々われわれは和菓子から始まって、良い和菓子職人もたくさんいます。それを生かし切れていない、チャレンジしていないという反省が経営陣にありました」(山崎社長)

総工費31億円をかけた商業施設「nicoe(ニコエ)」を14年に開業するタイミングに合わせて、五穀屋とパイ専門店「coneri」という2つの新ブランドをスタートさせることにした。これは会社の将来を見据えた莫大な投資で、失敗は許されなかった。

五穀屋のコンセプトは、穀物や発酵の技術を使ったこれまでにない和菓子を作ること。「穀物や発酵技術は日本で昔から根付いている食文化であるにもかかわらず、それを菓子に取り入れることはほとんどありませんでした。そこに挑戦することに価値がありました」と山崎社長は力を込める。

その原材料として選んだ1つが、水窪のネコアシアワだった。地元のNPO法人や農家と連携して、春華堂の社員がアワの栽培を開始。「地元の素材を使うことで商品のブランド力が高まるし、地域貢献にもつながります。われわれは6次産業化を推し進めたいと考えており、今後はいろいろな穀物を地域の人たちと作っていければ」と山崎社長は話す。

●プロジェクトは難航

五穀屋のブランドコンセプトに着手してからnicoeでの商品発売まで3年という期間が用意されていたが、穀物や発酵技術を使った和菓子は想像以上にハードルが高かった。

和菓子職人にとってこれらを取り入れて菓子を作ることが日常になかったため、依頼に対し「とてもできない」と突っぱねられるところから始まった。そこを何とかして説得したものの、五穀はそのまま使うと硬いので、ほどよい歯ごたえで存在感も残しながら生菓子に生かすのに苦労した。

また、菓子である以上、おいしいことは大前提である。発酵や穀物の素材がどのように掛け合わされるのか、手探りの状態で開発に臨んだ。例えば、玉ようかん「五季(いつき)」は、しょうゆこうじや味噌、酢などの発酵素材をいかにようかんと合わせておいしく、かつ美しい発色に仕上げるか、和菓子職人は頭を悩ませたという。

さらには、仮に納得のいくものが完成したとしても、それを工場でも同じ品質で再現しなければならなかった。「わずかな温度差や時間差で菓子は大きく変わってしまいます。アイデアが形になっても、工場で量産化するのは大変だったのです」と山崎社長は述べる。

一方、商品企画担当者も雑穀と発酵の知識がまったくないところからスタートしたので、発酵マイスターなどの資格の取得を目指したのである。

プロジェクト期間中は山崎社長も毎日のように試食しては駄目出しを繰り返す日々を送ったが、「(nicoe開業日という)期限は決まっていたので、何とかそれに間に合わせるように全員で取り組まないといけないという気持ちが強かったです」と振り返る。

●海外に活路

14年7月、五穀屋のブランドが無事に立ち上がり、店頭に商品が並べられた。しかし、いきなり売れるほどビジネスは甘くない。販売を増やすためにどのような取り組みがあったのだろうか。

1つに海外でのブランディングがあった。和菓子離れの進む日本人に対して直球で和菓子を提案しても一筋縄ではいかない。一方で、日本の消費者は海外から入ってくるものに興味を持つことが多い。和菓子の逆輸入を図ったのだ。

千載一遇のチャンスが訪れる。静岡県が15年にイタリア・ミラノで開催される「ミラノ国際博覧会(ミラノ万博)」に出展するので、そこで五穀屋の和菓子を出品してほしいと依頼されたのだ。「いずれは海外でチャレンジしたいという思いはありましたが、もっと先の計画でした。そうした中で県からチャンスをもらったわけですが、せっかくなので行こうと決めたのです」と山崎社長は話す。

ただし、初の海外出品ということで、その準備に悪戦苦闘した。例えば、玉ようかんの天然着色料にクチナシを使用していたが、これはヨーロッパに持ち込めない素材だったため、急遽同じような味で、同じような色が出る原材料を見つける必要があったのだ。

慌ただしく準備を進めつつも、満を持して臨んだミラノ万博で、五穀屋の和菓子は高い評価を受ける。特に玉ようかんは見た目の美しさや味などに興味を持たれ、イタリアの名門、メディチ家に献上することとなった。これらの実績は春華堂にとって「海外でもやれるんだ」というこの上ない自信につながった。

現にその後、16年7月には米国・ニューヨークで開催された食のプレミアムイベント「Chefs & Champagne」に日本企業として初参加。17年7月にも同イベントに参加したほか、9月に行われたニューヨーク国連総会の日本政府主催レセプションでも五穀屋の和菓子が振る舞われた。

「和菓子が世界で通用するのかどうかは、正直行ってみないと分かりませんでした。当初は海外の人たちはあんこを食べないなど、いろいろなことを言われましたが、あえてようかんを出品すると、意外にも受け入れてくれたのです。日本の和菓子は世界でも通用するのだと感じましたし、当社の商品だけでなく、ほかの和菓子でもきっと通用するはずだと思いました」(山崎社長)

●世界中から浜松に

海外での成果は国内での販売活動にも好影響をもたらした。16年4月に百貨店「松屋銀座」に五穀屋を出店すると、若い女性客の心をつかんだのである。

これまで松屋の客層は50~60代が中心であり、同百貨店としても20~30代を取り込みたいという課題があった。五穀屋のブランドだったら若い世代にアピールできるのではと松屋から声を掛けられたそうだが、その期待通り、和菓子のフロアで他の店舗がいまだ50~60代の顧客が多い中、五穀屋は20~30代が15%を超えているという。これは洋菓子店舗並みの数字である。

こうした取り組みが実を結び、16年度の和菓子部門の利益は黒字化に。加えて、今まで長きにわたって春華堂の売上高全体の約9割がうなぎパイだったが、現在では8割強になるほど、和菓子の売り上げが着実に伸びているのだ。

今後のビジネス展開について、山崎社長は海外に出店したいという夢を明かす。そのためにまだ国内でも足場を固める必要はあるものの、5年先、10年先ではなく、もっと早いタイミングで出店できればという。

そしてまた、海外で五穀屋のブランドが認知されることで、世界中から浜松に人がやって来るきっかけ作りになればいいと考える。「海外で食べた和菓子を日本でも食べたいと、一人でも多くの人が日本さらには浜松に足を運んでくれたら、われわれの存在価値もより高まるだろうし、地域の活性化にもなるのではと思います」と山崎社長は意気込む。

すぐに成果は出ないだろうが、人々の記憶や印象に残るのは大事だと語る山崎社長。そのためにこれからもチャンスがあれば海外でのイベント出展などに果敢にチャレンジしていく。

浜松には「やらまいか」という方言がある。これは「やってみよう」「やってやろうじゃないか」という意味であり、浜松の人たちは新しいことに積極的に挑戦する精神を持っていることを示す言葉である。うなぎパイの大成功だけに決して満足せず、これまでにはなかった和菓子作りや海外展開などに打って出る春華堂は、まさにやらまいか精神を受け継ぐ企業と呼ぶにふさわしいだろう。

(伏見学)

 

ITmedia ビジネスオンライン

 

 

 

 

一言コメント
このまま、ドラマ化できそうだ。


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